カロリメーターマスターへの道 Vol.4
ITC実験を至適化できる力をつけよう!

ここに登場する人物とストーリーはフィクションです。
テクニカルに関する内容に関しましては、大阪府立大学客員研究員 深田先生にご助言をいただいております。

※この記事の最後では、資料をダウンロードいただけます。

【前回までのお話】
丸番製薬の仲村さんは、上司の田中さんからの指示でカロリメーターを立ち上げることになりました。深田先生の指導の下、iTC200の測定および解析の基本を身に着けることができました。

【今回のお話】
基本スキルを身につけた仲村さんは、まず手元にある抗体-抗原の測定を行うことにしました。抗原は分子量がおよそ50 kDaのタンパク質で購入したものを、抗体は調製したものを準備しました。アフィニティは他の測定結果から数 nM程度であることが予測されています。

論文などを見ると、セルに抗体、シリンジに抗原を入れているケースがほとんどみたいね。C value(*1)を元に計算するとKDが数 nMだと濃度が低すぎるから、最低でも10 μMを確保する、だったわね。1:1の結合で必要となる抗原は100 μMだけど、抗体の場合2価だから、抗原は200 μM必要、ということになるのね。ん?抗体を5 μMにして、抗原を100 μMにしても大丈夫かしら?サンプル節約したいから、低い濃度で測定をしてみよう。まずはコントロール実験(*2)から、と。滴下量と滴下の回数については、日本語簡易マニュアルP.9.にある条件を参考に、各2 µlで18回滴下。ただし、1回目の滴下は0.4µlで行う、と。


※1 C valueについてはカロリメーターマスターへの道Vol.2に説明されています。
※2 コントロール実験についてはカロリメーターマスターへの道 Vol.3をご覧ください。

なんか希釈熱が大きい気がするなぁ?それともこんなものなのかしら?とりあえず、サンプルも測定してみるか。

コントロール実験とほとんど変化がないわ?!測定後半の発熱量もゼロに収束していないし、、、緩衝液も同じ組成のものを使っているはずだから、バッファーミスマッチも考えにくい・・・シリンジが汚れている?いやいや、測定前にシステムチェックしたからそんなはずないわ。深田先生~。

仲村さん、どうされましたか?

実は、自分のサンプル、抗原と抗体なんですが、いざ測定をしてみたら、2つのデータにほとんど差がみられないんです。

あらまぁ、ほんと。これでは何を測定しているかわかりませんね。原因を考えてみましたか?

DP値は設定したReference Powerが5 μcal/secで問題ありませんから、セルの汚れでないことは間違いないです。滴定するレスポンスに問題があるので、滴定シリンジが汚れているのかとも考えましたが、サンプル測定前にシステムチェックを実施して問題ありませんでした。なので、バッファーミスマッチだと思うのですが、バッファーの組成は同じものを使っています。なので、考えにくいです。

今、「バッファーの組成は同じものを使っています。」とおっしゃいましたね?サンプルを透析されたのではないのですか?

はい。今回、抗体は調製したものですが、抗原は購入したものでCarrier Freeのものを用いました。抗体をゲルろ過で精製したバッファーと同じ組成のバッファーを使って抗原の濃度を調製しました。

ゲルろ過精製後、透析していないのですね。抗原はゲルろ過のバッファーで調製しましたか?

厳密に言うと、抗原の濃度調製用に別途調製したものを用いました。でも、組成は同じはずです。

仲村さん、それではおそらくバッファーの組成が異なってしまったと考えられます。いくら同じ組成、と言っても、試薬の計量などで若干のずれは必ず生じてしまうと思います。同じ日に調製したものでも、日付が変われば多少変化してしまうこともあるでしょう。また、Carrier Free で凍結乾燥されたものを使われたんですよね?Formulation時にどのような条件で行ったか確認されましたか?ものによってはTFAやアセトニトリルを使用している場合があった場合、それらが残存成分として残ってしまいますし、pH等に影響を与えてしまうかもしれません。

えっ!?そうなんですか!?

限りなくセルサンプルと滴定サンプルのバッファーの組成を揃えるのであれば、やはり透析は重要です。特に購入したものなど、自分で調製していないものに関しては、不確定要素をより排除するために抗体と一緒に透析をした方がよいでしょうね。

わかりました。透析して測定をしなおしてみます。ITCって繊細なんですね・・・

補足します。「厳密にセルとシリンジのバッファー組成を一致させる」ことは、ITCの測定を行う上で大変重要となります。コントロール実験で、大きな熱反応および滴定が進行するにつれて変化する熱反応が見られる場合は、リガンド溶液とバッファーとの間にミスマッチが生じていることを示している可能性があります。もちろん、シリンジ乾燥時に使用したメタノールの乾燥が不十分な場合もありますので、こちらも注意が必要です。

実験を進める前にバッファーのマッチングをチェックするようにしてください。バッファーのマッチングを注意深く行ってもコントロール実験結果で認められた傾向を排除できない場合には、シリンジ内でのリガンドの凝集または自己会合が原因である可能性があります。このような場合には、測定条件の見直しが必要になります。

なお、透析できない低分子のリガンドの場合には、高分子を透析後、透析外液にリガンドを直接溶解することによって調製することができます。ただし、添加剤や塩などの残存成分を含むサンプル(合成ペプチドや合成ヌクレオチドなど)の溶解には注意が必要です。溶解後、pHメーターを使って溶液のpHをチェックしてください。リガンド溶液のpHが緩衝液のpHから0.05以上離れている場合には、ごく少量のHClまたはNaOH溶液を用いてリガンド溶液のpHを調整します。なお、塩濃度の小さな違いによって生じる熱変化は、コントロール実験により差し引くことができます。

また、プロトン解離基をもつ低分子のリガンドを用いる場合、数 mMの濃度にも関わらず、バッファー成分が10 mMなど、あまり濃度差がない条件で測定を行った場合、十分な緩衝能を得られずpHに影響を与えることもありますのでご注意ください。

翌日・・・・

 透析完了。濃度調整OK! pHのずれもなし。サンプルセットして測定!!


コントロール実験の希釈熱が一定。サンプル測定も測定後半が希釈熱に収束しているデータが取れたわ!透析って重要なのね!!続いて解析、っと

フィッティングも良好!KDが6nM、結合比が1.8。

仲村さん。なかなかよいデータが取れましたね。

はい。透析の重要性を再認識しました!

そうですね。ところで今回、コントロールデータの差し引きはどのように行いましたか?

マニュアルに従って、生データを差し引きしました。

 そうですね。

 補足します。マニュアルでコントロール実験の差し引きは生データを用いることを推奨しています。希釈熱が一定の場合、コントロール実験でノイズが大きければ平均値を差し引きすることでも問題ありません。状況に合わせて選択してください。

 ではここで質問です。この図はコントロールの生データを差し引きしたデータですが解析にあたり、問題があります。どこだと思いますか?

 フィッティングが悪い?ですか?

 そうですね。では、なぜフィッティングが悪いのでしょうか?

モデルが間違っている、とか?

いいえ、モデルの間違いではないと思いますよ。どこのフィッティングが特に悪いと感じますか?

測定後半のプラトーになっているところ、でしょうか?

そうですね。では、それはなぜだと思いますか?

・・・わかりません。

フィッティングを行う際、解析ソフトウェアは測定後半の熱量がゼロに収束するように計算をしています。このデータを見ると、測定データのプロットはゼロよりも上に出ていますよね?それに対し、フィッティングの赤い線は最後がゼロになっているのがわかると思います。

あ、ほんと!?そうですね!

では仲村さん。どうしてコントロールを差し引きしたのに測定結果がゼロになっていないと思いますか?

コントロール実験の希釈熱と、サンプル測定の希釈熱に差があって、コントロール実験の方が発熱量が大きくて、差し引きするとプラスになってしまった、ということでしょうか?

そうですね。ではこのような場合、どのように解析を行えばよいと思いますか?

うーん、わからないです。

どうしても希釈熱がうまく差し引けずこのようなデータが得られた場合、シグモイドカーブ後の値がゼロになるように、データを編集して解析するという奥の手を使うこともあります。

奥の手!?どのように行うのでしょうか?

Y Translateという機能を使うと便利だと思いますよ。

Y Translate?

文字通り、Y軸上の値を移動させるツールです。操作方法は資料を参考にしてみてくださいね。

Y Translateの操作方法の資料は、記事下にあるフォームに必要事項をご記入の上、ダウンロードしてください。

 はい。ありがとうございます。

解析ソフトウェアにも慣れが必要ね・・・解析のもう少し詳しいマニュアルってないのかしら?

 はい、ございます。マルバーンホームページ(英語版)よりPDFファイルをダウンロードしていただけます。(マルバーンウェブサイトの会員登録が必要になります。)

解析例について、具体的にご案内しております。全てのデータは納品されたPCの中に保存されております。
また、解析に使用するフィッティング式についても紹介しておりますので、ご参照いただければと存じます。

 Y Translate終了。フィッティングは良好になるかしら・・・

滴定後半のプロットとのフィッティングデータのずれが小さくなったわ!

仲村さん、またこれで理解を深められましたね?

 はい!

ところで仲村さん。今回の測定で用いたバッファーは何を選びましたか?

抗体の調製時にリン酸バッファーを使っていたので、ITC測定でもリン酸バッファーを使いました。

そうなんですね。では仲村さん、ここで質問です。pHが同じだけれども、バッファー成分が異なった場合、いずれも同じデータが得られると思いますか?

 えっ!?

例えば、今回はリン酸バッファーですが、同一pHのHEPESやTrisを用いたらどうなるか?ということです。

うーん。一般的にバッファーを変えると結果が変わる実験もあるので、なんらかの違いはあると思うのですが・・・・

そうですね。実は日本語簡易マニュアルにヒントが載っているんですよ。

ほんとですか?

P.5.の緩衝液組成のところをご覧になってくださいね。

あ、ほんとだ。プロトネーションエンタルピーの違いがバッファーにはあるんですね。でも、実際どのくらい違うものなんでしょうか?

測定が一段落したようですから、お茶を飲みながらお話しませんか?(詳細については深田先生コラム3をご覧ください)

はい!深田先生!ありがとうございます!!

続く・・・・

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