今回は大阪府立大学 深田先生と大阪大学蛋白質研究所 李先生をお招きして、カロリメーターに関するあれこれをお伺いしました。カロリメーターで測定するようになったきっかけから現在のご研究、そしてユーザーの皆様からよくいただくご質問等についてご対談いただきました。
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1. 熱測定を始めるようになったきっかけは何でしたか?

私のカロリメトリーの経験は13年位ですが、最初は独学でITCから測定を始めました。きっかけは溶液NMR(核磁気共鳴)分光学を用いた研究です。ある酵素とそのパートナーの結合を溶液NMRで調べていて、その際、酵素のゆらぎが増大するのをアミノ酸残基レベルで見つけました。普通結合すると、タンパク質の構造は固くなると考えますよね。もちろん結合サイトの部分は固くなるのですが、別の部分にゆらぎが見られるようになったんです。それで、ΔG = ΔHTΔSの関係式から考えると、結合によってタンパク質が柔らかくなる(ゆらぎの増大)と系の乱雑さがあげられることになると思いました。S、エントロピー、は系の乱雑さを反映するので、結局、 ΔSを上げて、この場合はコンフォメーションエントロピーですが、ΔG(ギブスフリーエネルギー変化)を下げることで結合反応を有利にするのではないかと考えたんです。ΔH はエンタルピー変化で、Tは温度です。
ちょうどそのとき、アメリカやヨーロッパなどで、結合によるタンパク質のゆらぎの増大を発表している論文が出始めました。そういうのもありましたので、自分も自信をもって提唱してみたのですが、当時は他の先生からは認めてもらえませんでした。結合してゆらぐようになる訳がないといわれました。
そこで、これらを証明するためにいろいろ調べてみると、ITCでΔSが出せる、ということに着目するようになり、当時、所属している研究室にちょうどMicroCal VP-ITCがありましたので、マニュアルを見ながら測定を始めました。異なる温度でITC測定を行って各温度のΔHを求めます。また、ΔHの温度依存性からΔCP((定圧)熱容量変化))が得られますが、ΔCPと水のエントロピーの経験式から脱水和のΔSが求められます。非常に簡略化した関係式を用いますが、脱水和のΔSとITCから得られる系全体のΔSの単純演算から、コンフォメーションエントロピーの変化が求められます。
と、そういうところまでたどりつきまして、結果としてNMRの結果と同じく、ITC測定・解析からも結合による酵素のコンフォメーションエントロピーが上がって複合体を安定化することを証明できました。もともと物理化学は学部のときから好きな科目でした。とくに自然の流れを示すエントロピーが好きです。
私は卒論のときから熱測定を行っていました。私の指導教官が日本で最初に本格的に生化学系のカロリメトリーを始めた高橋克忠先生でした。そこから自然にカロリメトリー、そして、それからずっとカロリメトリーで、変わっていません。
先ほど、李先生が、結合してゆらぎが生じることを発表したら認めてもらえませんでした、とおっしゃっていましたが、今から40年ほど前ですが結合時のエントロピーがプラスになるのはおかしい、という化学系の先生がいらっしゃいました。もちろん、コンフォメーションエントロピーや水和の影響が全然関係していなければエントロピー変化はマイナスになりますけどね。
そういえば、水の脱水和とか、タンパク質のフォールディングとかは、そのころから議論されるようになったんじゃないでしょうか?脱水和によるエントロピー変化など。深田先生がまとめられた、緩衝液のデプロトネーションのエンタルピー変化のお仕事はすごいですよね。(参考文献1)
私は農学部出身ですので、そのような研究をしていたときは、周囲の方から「農学部じゃない!」、と批判されていました。
でも高橋先生は、そのような研究がお好きでしたので用意してくださったんですね。生物物理化学という基礎を重視した研究室ではありましたが、先生が認めてくださらなかったらできなかった測定でした。
このような基礎的な研究をもっと調べるべきだと私は思います。
緩衝液については、本当の意味での基礎、ではないですけどね。化学系の研究者の方は、あのような系をお使いにはなりませんね。私の取得したデータは、実用的な意味での基礎データ、ということになると思います。

2. 最近のご研究内容について教えてください。

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私は今、様々な病気を引き起こすタンパク質の凝集に着目しています。Protein misfolding and aggregation関連の疾患はprotein misfolding diseaseと名称されています。タンパク質が誤ったフォールディングをして凝集すると病気になりやすくなります。アルツハイマー病、パーキンソン病、Ⅱ型糖尿病、プリオン病などが典型的な例ですね。私が研究を始めたころは、関連論文やレビューを読むと、protein misfolding and aggregation関係の病気が20種類以上と書いてありました。でも最近では、その数が40種類以上になっています。疾患によっては患者さんの人数はそれほど多くないのですが、凝集に関連する新しい病気がどんどん明らかになってきています。凝集という現象が無視できなくなってきていると思います。
最近は、インスリンの研究にも注目しています。インスリンはpHを下げて酸性の状態にしておいても安定で、ほとんどnative likeな構造をとります。pHを上げていくとダイマーがヘキサマーになったり、複雑になるんですが、pH 2の状態で金属イオンがないとモノマーで存在するようになります。それをDSCで徐々に温度を上げて測定していくと、当然天然構造が熱変性し、伸びた構造になります。そのときに、吸熱反応(上向き)のDSCピークが観測されて、さらに温度を上げていくと、ものすごい大きな下向きのDSCピークの発熱反応が起こるんです。そして、またレスポンスがベースラインのレベルに戻ります。
測定が終わってサンプルを取り出してみると、きれいなアミロイド線維になっています。このことは再現性がきれいに取れていて、別のグループからの報告もあります。でも私は、別の溶媒の条件を検討しています。 不思議なのですが、なぜかインスリンは凝集してもDSCで測定ができます。ほかの凝集体形成反応でも測定を試みたのですが、なかなか再現性が得られませんでした。事前にできたアミロイド線維とか凝集物とかを入れてDSC 測定をするのですが、DSCのベースライン(Cpライン)が下がってしまったり、再現性のないデータが出てしまいます。このベースラインが下がる理由が実はまだわからないのでこれからの課題だと思います。温度上げていくと疎水性相互作用が強くなって、熱変性したタンパク質同士で凝集物が形成されます。凝集体は大きいので沈殿しやすいです。また、DSCのセルにもベたべたとくっ付きやすいので、DSC測定が困難になるのではないかと考えられます。でも、まだ共通の見解はありません。VP- Capillary DSCを使うと凝集反応がある程度抑制されるので、球状タンパク質の熱安定性の研究にはよいと思います。
そこでITCを使ってタンパク質凝集を研究するようになりました。セル内でサンプルを攪拌させれば凝集体が沈みませんし、それに、沈むくらいの大きさにならなかったんです。そこで、凝集体でも溶液中で分散して再現性のよいITC測定ができるようになりました。代表的な成功例としては、透析アミロイドシスの原因であるβ2-microglobuinのアミロイド線維形成があります(参考文献2 Ikenoue and Lee et al. PNAS (2014))。インスリンに関しても同様にITCを用いて凝集反応の研究を行っています。ITCとDSCを用いてインスリンが取りうる全ての構造状態間の行き来を熱力学的に調べるつもりでいます。折り畳まれるときの熱、天然構造から3次元結晶になるときの熱、アミロイド線維になるときの熱、モノマーからダイマー・ヘキサマーになるときの熱、メタルイオンが結合するときの熱など、ITCとDSCをうまく組み合わせて測定すると可能だと考えます。
このようなデータをまとめると、インスリン一つのタンパク質の構造変化と分子間相互作用の熱力学的エネルギーランドスケープを描くことができると思っています。
すばらしいですね。わたしにとってインスリンはとても懐かしいサンプルです。大学院時代に初めて使った蛋白質サンプルでした。その際は、購入したものから亜鉛を除いて、アルカリでモノマーの条件にしていました。そのインスリンのジスルフィド結合を還元した際に生じる熱量を測っていました。
当時は、今のようなカロリメーターがない時代でしたから、デュワー瓶を用いてサーミスター温度計で一定の温度下で起こる反応熱を測定したこともありました。サンプル量としては20 mLほど必要だったんですよ。
それはすごい量が必要でしたね。いまでもすごく貴重なサンプル測定を頼まれる場合がたまにありますね。発現系がなくて購入したタンパク質やペプチドを使うと、1回の測定でとてもお金がかかりますので試料が少なくすめばいいですよね。

3. ユーザー目線からのITCの発展について

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私はこれまで主にVP-ITCで測定を行っていました。あるとき、サンプル量があまりなくて、京都大学の白川先生のところに行って、iTC200をお借りして測定してみました。そのとき、サンプル量が抑えられることと、速い温度の平衡化、短い測定時間はやはりいいな、と思いました。現在、iTC200の後に発売されたPEAQ-ITCを使ってみています。いずれのMicroCal ITCのシステムも、それぞれメリットデメリットはあるのですが、やはりサンプル量が少なく済むのは魅力的です。得られる熱が小さくなると、フィッティングがあまりよくなく、濃度を上げで測定しなおさないといけなかった場合もありましたが、やはりVP-ITCに比べるとサンプル量が節約できるのと、驚くくらいに早く温度の平衡化と測定が終わりました。1日に10回以上測定できることもあって、これはすごい、と思いました。凝集の測定で、1M NaClを滴定することがあるので、ものすごく希釈熱が大きいのと、滴定量が多いのでVP-ITCではレスポンスが頭打ちになってしまいました。でも、PEAQ-ITCでは、滴定量が少ないので、このような大きい希釈熱がすべて定量化できるので、個人的にはとても驚きました。また、サンプル量が少ないので、反応も早く終わるのですが、凝集しやすいものが、測定時間が短時間になったのでできにくくなったんです。また、凝集は確率的に起こるのでボリュームが少なくなれば少なくなるほど凝集しにくくなります。VP-ITCで測定すると途中で凝集する試料を、同じ条件でPEAQ-ITCで測定してみると凝集せず、測定が早くきれいにできました。
PEAQ-ITCを用いてアミロイド線維形成の測定も行いました。とてもきれいにアミロイド線維形成の反応熱が観測されました。しかし、VP-ITCとは違う結果で、アミロイド線維形成のラグタイムも違いました。ITC機器が異なってもアミロイド線維が同じようにできますが、やはり攪拌とかセルボリュームの違いとか、セル内の中の微妙な凹凸もあったりすると思うので、それによってとにかく凝集形成反応は敏感だな、と思いました。
また、PEAQ-ITCの洗浄は、セルもシリンジも自動で且つ、きれいになりますね。VP-ITCでは凝集を測定するときに、洗浄が不十分だと再現性が出ないんですね。凝集の残りがあると、その影響を受けるようでデータも全く異なっていました。やはり、きれいに洗浄しないとだめですね。そこで、VP-ITCの場合は、マニュアルで洗浄して、界面活性剤を入れてから高温にして高速で撹拌しながら一時間程度洗浄します。その後、さらに洗浄アクセサリーでクリーニングを行います。しかし、PEAQ-ITCの場合は、自動洗浄機能をクリックするだけできれいに洗浄ができたので驚きました。ただし、凝集形成の測定の後は、ただ洗浄するだけじゃなくて、洗剤をセルに入れて加温する、Soak機能を使うことをお勧めします。誤動作に対してもPEAQ-ITCはとてもsensitiveですね。洗浄水の流れている量が少なかったり、ポンプの圧が低かったりすると、システムがエラーを表示してくれました。そうすることによって洗浄溶液の循環が悪くなり、洗いが不十分になることを防いでいるんですね。
 

4. ユーザー目線からのDSCの発展について

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ITCに比べるとDSCは開発があまり進んでいないですね?でも、DSC測定のための試料の濃度に関してはものすごい発展があったと思いますね。昔の論文をみると、今はVP-DSCを使っていますが、サンプル濃度は0.1mg/mLまで低くしても測定できますね。90年代の論文をみると、それほど古くないとは思うのですが、10 mg/mLと書いてあるものもあります。VP-DSCになって機器の感度がとても改良されたでしょう。
バイオ向けはその時代から1 mg/mLでしたよ。10 mg/mLは一般のDSCですね。粉体や固体を測定する、セルは固定式ではなくパンと呼ばれる容器にサンプルを入れて装置内に置くものでマイクロカロリメーターとは違います。一般のDSCとマイクロカロリメーターの違いは、希薄水溶液で測定できるかどうか、ですね。希薄水溶液系で測定できるように開発したのがPrivalov先生(Johns Hopkins Univ.)で、DASMというカロリメーターです。それが最初に作られたのは1960年代末のはずです。70年代になってから、DASMを使ったPrivalov先生の論文が出始めるようになっていますね。MicroCal DSCは1977年に初代システムMC-1が開発されました。
 
  VP-DSCは1996年に開発され、それまではコイン型のセルでしたね。キャピラリー型セルのVP-Capillary DSCになったのは21世紀になってからですね。
私が借りて使用していたMC-2はサンプル量が多く必要で、セル容量は約1 mL、トータル1.5 mLくらい必要でした。その当時はタンパク濃度が1 mg/mL以上必要でした。そのころから、1mg/mLの濃度がDSC測定の標準的な濃度という時代がずっと続いていたのですが、VP-DSCができてから必要濃度が下がりましたね。以前は本当に限られた人しか熱測定はされていませんでしたから、それに比べるとずいぶん広まったな、と感じています。
昔々は自分で手作りしていた熱量計を使っていました。市販品でよい製品ができてからは、益々広まったと思います。アメリカではずいぶん前から認知度は高かったんですが、日本では1990年代からですかね。本当に広まったのはVP-DSCができてからだと思います。

5. まだまだカロリメトリーは敷居が高い?ΔCpはどんな値?

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確かによい市販品の熱量計の登場で測定する方は増えたとは思いますが、それでも未だに興味はあるけど、実際に手を伸ばされる方は少ないかもしれないですね。そういう意味では生体高分子に特化した測定データ集みたいなのがあるとよいのかもしれませんね。
15年ほど前になるのですが英語で書かれたタンパク質の構造安定性のハンドブックは出ていますね。(参考文献3)
ただ、ここ最近の15年間のデータはまとまっていませんね。それに、この15年でDSCを使ったタンパク質の熱安定性の論文は最近のトレンドから考えると減ってきているようにも感じます。球状タンパク質の構造安定性とprotein folding(タンパク質のフォールディング、タンパク質の折り畳み反応)を研究していた多くの研究者が、protein misfolding and aggregationや応用研究の分野に移っていますね。
DSCで言うと、その興味対象が主にTm(熱変性温度:天然タンパク質と熱変性タンパク質が半々になる温度)値を求めたい方が多いですね。特に、構造解析をされている方は、構造だけでなく、DSCで熱安定性を求められるようになっていますね。熱安定的なタンパクを作るというのは、工業的に使うにはやはり重要ですからね。どれくらい熱安定性が上がっているのか。それに加えて、できたら熱力学量も求めて、その辺を議論できたら、というところがありますね。でも、なかなか難しいようですね。もちろん、ITCもご興味はおありなのですが、ITCはDSCに比べてサンプル量を必要としますからね。差が見えていれば、ということであればTmやKDで十分なのでしょうけど、カロリメトリーで得られる熱力学量をどれだけ重視するか、という点について、わからない、という方が多いのかもしれませんね。
たとえば、ΔCpなどは、タンパク質の特徴付けだと思うんです。そのタンパク質が固有に持つ値、物性だと思うんです。人によって性格が異なっているように、タンパク質もそれぞれ性格が違って、それを人はΔCp値を用いてタンパク質を理解しようとしますね。タンパク質はアミノ酸が連なって、鎖状から折り畳まれて機能をもつ丸まった3次構造をとり、形を維持します。この球状タンパク質の折り畳み反応の原理を簡単にいうと、水が嫌いな疎水性のアミノ酸残基は水を避けようとする一方で、水と仲がよい親水性のアミノ酸残基は水とのコンタクトを維持しようとするからです。油が好きな疎水性残基はタンパク質の中に油同士で埋もれて、タンパク質表面の親水性残基は水と水素結合というのを用いて手をつないで、折り畳まれます。ΔCpはタンパク質の内部に埋もれる疎水性残基の数に比例すると考えればよいと思います。脂肪が多い人はΔCpが高いかも知れません。
でも実はnative stateでも三次元の立体構造をとらない、天然変性タンパク質というものがあります。疎水性の残基が少なくて親水性の残基が多い特徴があります。そこで、天然変性タンパク質は、球状タンパク質のように立体的に折り畳まれないまま、水溶液中でふらふらしています。というわけで、天然変性タンパク質のΔCpは球状タンパク質の値よりも小さく出る傾向があると考えられます。構造をとっていないからかも知れませんが、DSCを用いて天然変性タンパク質のΔCpを詳しく調べた研究はまだありません。
私は、パーキンソン病の原因タンパク質であるα-シヌクレインという天然変性タンパク質のDSC測定を行ったことがありますが、やはり立体構造をとらないα-シヌクレインは、温度を上げて行っても熱変性のピークもなく、バッファーのサーモグラムとまったく同じでした。つまり、ΔCpはほとんどゼロでした。天然変性タンパク質は、真核生物のタンパク質の約30%以上を占めると言われている、重要なタンパク質なので、その物性を特徴づける指標としてΔCpの研究を進めていくことは重要だと考えられます。ということでΔCpという物理量を用いて球状タンパク質と天然変性タンパク質のようにのタンパク質の分類を説明するときにも使えると思います。
物性値を得るというのはとっても難しいですね。タンパク質は特に、サンプルそのものがちゃんとしていないとなりませんね。まずは正確な濃度、それが決められないと難しいです。
DSC測定でものすごくきれいにベースラインが取れている場合は、フィッティング解析をせずに、変性前後のベースラインのところで直線を引いてTmにおけるΔCpを出すのも悪くはないと思うのですが、なかなか1つのDSCのサーモグラムでΔCpを求めるのは正直信頼性が低いと思うので、正確に求めたいならば、異なる温度でDSC測定をして、各温度でのTmと変性のΔHを用いてΔCpを出したほうがそれなりに正確かな、とは思います。
 
でも、それも本当のΔCpかはわからないですよね。
確かにそのような懸念もありますね。「仮定」が入っていると思います。今は自分なりに大分わかったつもりではいるのですが、一般的にはタンパク質の変性は2状態で議論されています。ただ、DSCで昇温するときに吸熱のピークが出る前を、天然状態、ピークが下がった後を変性状態と定義していますが、やっぱり温度によって天然状態と変性状態の構造は違うと思うんですよ。でもそれを無視して、2状態にしているので、先生がおっしゃっているように、このようにΔCpを出したとしても本当のΔCpかどうかはわからないんですよね。こういう2状態変性の仮定でこれくらいは出ますよ、みたいな感じだと思います。Privalov先生は、熱変性前の天然状態のΔCpラインの温度依存性も調べましたね。温度による天然構造の違いに着目していたのかも知れません。

6. カロリメーターで得られるパラメータをわかりやすく説明してください!

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Cpは、一定の圧力(ΔCpのp)である物質の温度を1℃上げるために必要な熱ですね。ΔCpが大きいことは、1℃上げるために沢山の熱が必要になることになります。そこで、別の表現で例えるとすると、「熱に対してがまんできる力」ではないかな、と私は思っています。
タンパク質の物理化学の授業を受け持っているのですが、ギブスフリーエネルギー(G)、エントロピー(S)、エンタルピー(H)など熱力学的パラメータを説明する際に人に例えてみるんです。学生さんは結構喜んで聞いてくれます。何かの目標を達成するためには、Gを下げてΔGを負にしないといけないとか、エントロピーは自分が楽(自由)にしたい気持ち、そして、目標を達成するために我慢する力、エネルギーがエンタルピーだとか。お付き合いするときの仲の良さを分子間相互作用のアフィニティ(相性)に例えるのもΔGの説明によいですね。ΔCpを我慢強い人の指標とすると、ちょっとからかっただけなのに(=熱を加える)すぐ怒る人は、ΔCpが低い人(怒って熱が上がりやすい)。我慢できない(蓄えられない)。ΔCpが高い人は、からかい続けても(熱を加え続けても)我慢できる(怒らないのでなかなか熱が上がらない)。
そうなると、深田先生はとてもΔCpの高い先生だと思います。
ほめられているのかけなされているのかわからないですね。(笑)
 
物理化学、熱力学は単語だけ聞いてあきらめてしまう方が多いですね。なので、学生さんの反応を確認して、ゆっくりとわかりやすく説明するように努力しています。
ITCについて言いますと、測定結果でアフィニティはわかりやすいのですが、ΔHとΔSが得られても、これらのパラメータを使って議論するのが難しいと感じていらっしゃる方が多いと思います。ΔHは水素結合などのインタラクションの情報、Sはふらふらした自由度の情報。私はそのように学生さんには説明しています。水素結合が勝っているような結合だったらΔHがマイナス(発熱)になるだろうし。好きな人だったらその人の手をにぎるでしょ?(結合=発熱)手を握ると束縛されるのでSはマイナスになります。ある人の周りについている多くの監視役がついている人のところに、ある特定の人物が近づくと監視役の職務が解かれて自由に動き回れるようになるというのが疎水性相互作用でしょうか。疎水性の相互作用の寄与が大きい相互作用だったら、ΔHがプラス(監視を解く=エネルギーを要する=温度が下がる=吸熱)で、同時にΔSがプラスになる(役を離れて自由に動く=自由度が増す)だろうし。
そうですね。ただ、ΔHとΔSの関係は、実は例外もあったりしますし、より多くのファクターがあるので、簡単に説明することは容易ではないですね。なぜならば、私たちが測定している分子間の結合反応のΔHは「見かけの」ΔHで、その中にはプロトネーション、デプロトネーション、分子の構造変化など、純粋な結合反応以外のΔHの寄与がいくつもあります。さらに、これらの反応は、ΔHだけではなくΔSにつながってΔGにも影響を及ぼします。でも、そこまで全てを初心者の方に説明するとハードルが高いと思いますので、易しくひとつずつクリアしていくとよいと思います。まずはKDを理解し、それから結合比が表す意味。それから、結合反応の駆動力であるΔHとΔSを求めることによって何がわかるか、たとえばタンパク質に変異を入れても結合のアフィニティと結合比が、wild-typeとほぼ同じであって結合様式の区別できないような場合、ΔHとΔS が全く異なることで結合様式が違うことを明らかにすることができます。あとは解析によって結合サイトが1ヶ所じゃなくて2ヶ所なら説明できる、というような結果も得られるようになると思います。 

7. 信頼のあるデータを得るために重要なこと

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サンプルがちゃんとしていれば(サンプルの素性(純度や濃度)が明確であれば)、得られたデータは信頼できると思います。いったん数値が出るとそれが独り歩きしてしまうことが多いので、いつも確実な数値を発表したいものです。私は、解釈とは別に数値そのものにも興味がありますので可能な限り何回か測定を繰り返します。
そうですね。サンプルありきだと思います。また、再現性の確認も重要だと思います。他の方法から得られた結合の情報との比較も重要ですね。例えば、ITC測定からは、強い結合も弱い結合も検出できます。しかし、結晶構造解析からは主に強い結合が検出されるので、両手法の特徴を理解することが再現性の判断に役立つと思います。ITCで観測される弱い相互作用が、結晶構造解析で検出できなくても不思議ではないですね。また、結晶作成に用いられるPEGのようなcrowderの添加は、molecular crowding effectsや排除体積効果で分子間の結合反応を促進することも十分に考慮した方がよい場合もしばしばあります。その場合は、crowderありでITC測定をするのもよいかも知れません。
測定を行う上で普段気をつけていることとすれば、セルをきれいにする。洗浄する、に限りますね。私は測定した後に、必ず洗剤を使って洗っています。ポンピングまでしなくても、セルに入れてしばらく置いてみています。セルが汚れてくるとベースラインにノイズが出るようになりますから、そのような状態で測定しないように気をつけています。
そうですね。私も学生さんには、セルやシリンジの洗浄は厳しく言っています。また、測定するときに、こまめにメモを取るのも重要だと思います。測定・溶媒条件はもちろん、ベースラインのDP値・パターンのメモを取るとか。いつもと違う値が出るような場合、装置の調子が確認できますね。機器の調子がよくない場合に得られた結果の信頼性は当然低いですね。

8. データを解釈する上で参考となる文献などを紹介してください

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DSCとITC関連のサーモダイナミクスといえば、Sturtevant先生(Yale Univ.)、Privalov先生、Cooper先生(Univ. of Glasgow)、Freire先生(John Hopkins Univ.)、Ladbury先生(Univ. of Leeds)の名前が挙がると思います。Sturtevant先生が1977年に書かれたものなのですが(参考文献4)、今読んでもバイブルのような論文だと思います。エントロピーの項目とか、熱容量とかについて記載されており、今でも多くの研究者に読まれていると思います。初心者の方よりは、多少カロリメトリーを勉強された方が読むとその内容の素晴らしさがわかると思います。
そうですね。データを得て、それをどう解釈したらよいのか、というときに見るのがよいと思います。
以前(2016年6月)にマルバーンで講演したウェブセミナーの最後に参考文献をまとめてありますので参考にしていただけるとよいと思います。
 
  また、Nature ProtocolsにはITC関連で2つほどの論文がありますね。(参考文献5,6)
こちらには測定と解析の方法とかも詳細に書いてありますし、サンプルの調整方法についてもわかりやすく書いてあります。さすがにFreire先生が最初に出していますね。Ladbury先生が編集したBiocalorimetry 2 という本も2004年に出版されていますが、そろそろ3版が出て欲しいですね。
 
  ですが、やはり初心者の方にも優しい教科書を作るのが重要だと思います。ITC結果とstructural thermodynamicsを結びつける解析と解釈に関する総説を書いたのがありますので参考になれると思います(参考文献6)。先程のコンフォメーションエントロピーの変化に関することも書かれています。
Malvernから出されている連載記事「カロリメーターマスターへの道」を読んでもらうのもよいと思います。

9. 今後どのような測定を行ってみたいとお思いですか?

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アイデアを上手に考えるとITCでできることは沢山あります。そこで、私もITCを用いて調べたいことがかなりあります。その一つが、protein foldingですね。pH Jumpなど溶媒条件を変化させたりして、タンパク質が折り畳むときの熱の観測に挑戦してみたいと思います。セル内の酸変性したタンパク質の溶液に、シリンジからアルカリ溶液を滴定して中性付近のpHにして、タンパク質がrefoldingするときの熱を直接に観測することです。タンパク質を変性させながら熱を観測する DSC測定とは逆バージョンになります。それと、ある酵素が入るとそれがトリガーになってタンパク質が折り畳むシステムがあるんですね。セルに変性状態のタンパク質を入れておいて、シリンジの酵素をちょっとだけ滴定すると折り畳み反応が開始されると思うので、そのときの熱を観測すればよいと考えます。実は、もっと挑戦的なことを考えて実行中のプロジェクトがあります。先程も少し言及しましたが、ITCを用いてタンパク質凝集反応の測定方法と熱力学の確立を目指しています。さらにITCを利用して、病気を引き起こすタンパク質凝集反応の抑制効果の新規アッセイ法を構築しています。今度のMalvern ウェブセミナーで紹介したいと思っています。
面白そうですね。
そういえば、つい最近大腸菌をDSCで測定してみました。
十数年前ですが、私は酵母を測ったことがありますよ。ヒートショックをかけるとものすごく大きなピークが出ました。
さすが、深田先生!私の場合は、あるペプチドが大腸菌に対し毒性がある場合に、大腸菌の膜にダメージを与え、溶菌する様子を、DSCを用いてペプチドあり、なしで測定すると、ペプチドありだと低い温度でピークが出る、という論文を見つけました。それで自分でもできるかな、と思って測定してみたら、一応ピークらしいのは出たのですが論文ほどきれいなデータは得られませんでした。また今度、挑戦したいと思います。
菌の測定は再現性が難しいですね。増殖のステップでも違いますね。同じようにしたつもりでも得られるシグナルの形が違うんですよ。生き物って難しいなって思いました。
そうなんですね。あと、ITCで酵素反応のミカエリス・メンテン解析ができます。最近、スペインのチームが発表している分子間の交換速度定数(konとkoff)も求めてみたいと思います。ITCの益々の進歩は嬉しいことですね。
スペインは速度論的な解析がお好きですよね。DSCでも昔々、速度論的な解析に力を入れてやっていた時代がありましたね。不可逆変性を平衡論で解析していて批判されました。
ITCで観測する反応とは異なりますが、DSCを用いて速度論的な解析ができますね。タンパク質が熱変性してから凝集体を形成すると可逆性がなくなりますが、DSCサーモグラムを熱変性と凝集形成を考慮したモデル(the Lumry-Erying model)にフィッティングすると、速度論的な解析と解釈ができます。この方法はあまり広がっていないですが、私たちもちょうど同じ解析を行っています。別の反応に関しても、モデルさえ組めばフィッティングして速度論的解析ができると考えます。
先ほど、反応速度定数も求められる、とのことでしたが、どれくらいの速度のものが測れるんですか?
少なくとも、時間スケールで言うとおそらく、ITCでは秒オーダーにならないと測れないと思います。それより速いのは無理だと思います。異なる温度での速度定数を用いると活性化エネルギーが求められるので、平衡論の結果と合わせて詳細な反応のエネルギーランドスケープを作れますね。
リガンドのバインディングはもっと速いと思うので、秒オーダーというのはあまりないと思うのですが、コンホメーション変化や遅い反応などそのような解析もできるようになっているんですね。
 

【対談後記】

約1年半に亘ってご案内してまいりましたカロリメーターマスターへの道の最後は、大阪府立大学 深田先生と、大阪大学蛋白質研究所 李先生のご対談で幕を閉じさせていただくことになりました。 これまで、カロリメーターを少しでも身近なものに感じていただけるよう、基本的な内容をご案内して参りましたがいかがでしたでしょうか?
そして今回の対談では、さらに一歩踏み込んで、測定結果で得られたパラメータの解釈の仕方について先生方にご説明いただきました。教科書などで得られる情報よりも、より具体的な例をお示しいただけたので、理解を深めることができたのではないかと思います。
今後もマルバーンは、皆様のご研究に役立つ技術、情報を提供できるよう、努力して参ります。 最後になりましたが、ブログ監修をご担当いただきました深田先生、そしてウェブセミナーにご協力いただきました李先生に心より感謝いたします。

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